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2006.11.07 (Tue)

伝えてもらった教え③神事・仏事 

伝えてもらった教え③日々の神事と仏事の基本、心構え

前記事伝えてもらった教え②:般若心経と真言宗のマントラの続編です。そして、chu-chuさんのとっても素敵な記事にも関係しています。

神事・仏事と書くと、ちょっと大げさな感じですが、朝晩の「お勤め」での、ちょっとした作法・心構えというようなものです。
我が家の場合ですので、それぞれの宗派、ご家庭によって異なってくると思います。ほんの一例という程度で、ご理解下さい。

大まかな流れは、

食事前に、神棚での神事を(お供え物:榊の水、お水、お塩、お神酒、お米等を新しい物に変え、祝詞を奉上)終えてから、
お仏壇の前に座って仏事(お供え物:お花立て、お水、お茶、ご飯等を新しい物に変え、お経を唱える)へという流れ。

具体的には、
朝起きて、自身の身支度を整えてから。
・顔や歯を洗って、お水を1杯飲んでから。
お勤めの前には基本的にお水だけを口にする。
 …昔人間の祖父母や両親は朝風呂に入って最後に水浴びをしていました。真冬でも…でも私はマネできません。(>_<)
せいぜいシャワーです。真冬なんて最初から最後まで暖かーいシャワー♪ もちろんシャワーを浴びないで最低限の身支度を整え、神事・仏事に突入ってことも…アリアリです。トホホさを、また露呈(~_~;)

夜はまた、お風呂など入って1日の汚れを落として就寝前に。

夜のお勤めは朝とは逆に、お仏壇のご先祖様に、ご挨拶した後、神棚でのご挨拶。めでたく就寝。1日が終わり、明日が始まる。
・神棚でも、お仏壇でも今日1日の無事と感謝を伝えながら。
・浄土日用勤行式に則ったお経を唱える時間がなければ、その感謝のご挨拶だけでも良いが、
・「南無阿弥陀仏」と般若心経だけでも唱えるようにする。

お経を唱えたり、神事・仏事に関して、基本は、朝晩。
その基本の他にいつでも、お経を(特に般若心経)唱えたくなったらいつでも。
その代わり一字一句、言霊を耳で心で感じながら大切に心して唱えること!
というのが教わった大まかな手順です。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

chu-chuさんが、ホントにタメになる現代語訳の般若心経を書き出して記事にして下さってますが、その流れで、「いつお経を、特に般若心経を唱えたらいいか?」という質問を受けました。
それで、いつもどうしてるのかなぁと日々の「お勤め」を思い出しながら、トラックバックで書いてみました。

以下は、コメント欄に書いたことですが、ちょっとだけ大切な考え方かな…と思うので、自分の忘備録のためにも多少編集しながら書いておきます。

それぞれ事情や都合もあるし、しきたりや手順に囚われる必要は無い。逆に囚われ過ぎるのは本末転倒。
囚われる気持ちより、唱えたいという気持ちに従った方が良いと言えますので、一応基本は頭に置きながらも、出来る範囲で、いつでも、心から唱えることで十分だろうと思います。
出来れば、朝早く起きて、空気も気も爽やかなで清らかな早朝に。
天のパワーを頂くという意味で陽の気が満ちている朝に。
瞑想の意味を強くしたいのなら、陰の気が満ちる夜に。

何気に日々行っている「お勤め」「読経」でしたが、改めて書き出してみると、色々と再確認でき、自分自身にとっても、とても良い機会になりました。

こういう機会を与えて下さったchu-chuさんに大感謝です!
いつも、ありがとーーーう!!
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EDIT |  00:02 |  言葉・言霊  | TB(0)  | CM(10) | Top↑
2006.11.06 (Mon)

伝えてもらった教え②般若心経 

伝えてもらった教え②:般若心経と真言宗のマントラ

『ノウボウ・アキャーシャキャリバヤ・オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ』
真言宗の僧(行者)が唱えるこのマントラ、50日間もの間、お堂に閉じこもり、唱え続けられると教わった。

このマントラ(真言)は、ただの呪文ではない。
それらをただ唱えれば願いや思いがすぐに叶えられるという都合の良い魔法の呪文でもない。
この言葉(言霊)が発せられ、音(響き)となって脳に伝わる時、時間の経過と共に、意識の変容が起こり、一種のチャネリング状態になり、宇宙との交信が始まる

同じように、『般若心経の276文字』そのものが真言・マントラであり、宇宙と繋がる重要な言霊なのだ。

『般若心経』は、観自在菩薩が「般若波羅蜜多」の真言を説く!という観点で、全部で600巻はあると言われる膨大な量の『大般若経』から、重要な文・言葉を抜き出してまとめられたもの。

「般若波羅蜜多」の修行は、「空」を重視して瞑想するだけでなく、真言を唱えながら行う修行である。
※実際に般若心経では、後半で真言(マントラ)を称えている部分があります。

「マントラ・真言」は経典の智慧の本質を象徴する言葉。
般若心経を唱えるなら、その般若心経の言葉・言霊を何度も繰り返して唱え、意識を集中し、特別な意識の状態になりながら瞑想することで、智慧を理解することができる。→冒頭に書いた、宇宙との交信に繋がる。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

「般若波羅蜜多」の修行は、「空」を重視して瞑想するだけでなく、真言を唱えながら行う修行である。

この教えは…

ただ単に意識するだけで、意識の世界で理解したり、智慧の本質を知ろうとしたり、宇宙の真理に繋がることではない。
真言という言葉・言霊をしっかりと音にして発することに重要な意味があるということだと思います。

だから…私がまだ子供にも関わらず、「読み間違えて言霊が乱れないように、心して読みなさい」と厳しい注文をつけられたのだなぁ…

子供の頃は、本当に全ての日々の教えを、ただ「ふーん」「へぇ~」「そうなんだ…」という程度に、はっきり言って軽ーく聞いていました(~_~;)
それだけ両親や周りの教え方が、あまりにもナチュラルな流れで、「今から教授・伝授します」式の教え方では無かったからかもしれません。

そのお陰で、拒否感を感じることもなく、自然に私の中に色々な教えが知らない間に染み込んで蓄積されていてくれたのかなぁとも思います。

そしてこれらの教えは私の中で言葉を、とても大切なものと捉え、以前「言葉・言霊シリーズ3部作」をウワーっと書いたことに繋がるのだなぁ…
今頃、改めてシミジミ、すごく納得する私です。

ご先祖様や両親は、今頃?! 気が付いて納得するの、遅すぎ!
ガックリしながらズッコケることでしょう…(~_~;) 
トホホ過ぎる理解力の弱い子で…ごめんなさい(>_<) 後悔懺悔ナームー、チーン…

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

EDIT |  18:59 |  言葉・言霊  | TB(0)  | CM(22) | Top↑
2006.10.30 (Mon)

伝えてもらった教え① 

《日々の心がけ》について、両親に教わったこと。

毎日、できるだけ全てのことに気を抜かず、一生懸命生きること。

食事をする時は、
食物を作ってくれた人たち・恵みを与えてくれた太陽や自然、
健康でいられること、美味しいと感じて食べられること、
そういう環境を与え守ってくださっている神様、ご先祖様、お父上に(普段はパパ)全てに感謝しながら、一生懸命、真剣に頂くこと。

生きることそのものが修業。
今日どのように考え、過ごし、生きたかが、あなたを作り、
今日のあなたが明日を作る。未来を作る。

そのためにも、些細な日常の基本的なことこそ、
丁寧に大切に考え、行いなさい。
しっかりとした基本の土台の上に今日も明日も積み上げないと、
未来は崩れる。

いかに、どれくらい感動し、学び、思い、悩み、悲しみ、知ることができたかが、その人の人生を豊かな実り多きものにする。
大いに感じなさい、見識を広めなさい。
悲しみも後に喜びとなる。
ただ、人を憎む・妬む・僻むということだけは、目を、心を暗く曇った物にするから、気をつけなさい。

いかなる出来事も全て自分の魂が望むもの。
自分の成長に必要なことを経験するようになっている。

一日一善……特に立派なことをするのではなく、自分がしてもらって嬉しいこと、相手や他人の身になって考えた時、自分なら嬉しいだろうなぁと思えることなどを、ただ無心で行いなさい。

それが誰もいない場合でも、褒めてもらえることがなくても。
そういう時こそ、有難く、率先して行いなさい。
誰も見ていなくても、神様やご先祖様はしっかりと見られている。

<注:我が家の場合は神様という時、伊勢神宮や、一の宮から頂いた御札を祀ってある神棚=日本の古代からの八百万の神様を思い浮かべていました。 仏教徒であるため、お釈迦様も神様の部類に捉えていたと思いますが。>

以前、言霊についての教えを抜粋して書いたことがありますが、それが書いてあったあのノートに、口頭で聞く両親や家族の「日々の教え」を書き写していました。

最初は強制的に…^_^;
でもだんだん、自分でも面白くなってきて、今日は何を聞けるのか?学べるのか?と内心、期待しながら家族や親族と、些細なお話の時間を過ごしていたように思います。

ここに書いたのは「日々の生活に関する教え」の抜粋なので、また書く機会があれば、②~と続いていくことになるでしょう。

自分自身がたとえくだらない小さなことにでも、すぐに嬉しいとか、スゴイとか感動したり、涙を流してしまったり、何かしら思いや自分なりの稚拙な意見・考えを持ってしまったり、いろんなことへと思考が発展してしまったり、繋がってしまったり、気が付けば、おおぉっ!というような大げさなことに辿りついていたり…

意識や気持ちの上だけじゃなくて、行動的にも、
よくもまぁ、これだけ毎日、一瞬一瞬をエキサイティングに過ごせるものですね…あなたを見てたら飽きないよ!
と他人からも言われ、それを人事のように自分でも感じることが多いmintさんの習性は、こういう教えの元に形成されたものなんじゃないの?と思い至るのでありました。


なんで急にこんなことを思い出したのかな…っていうと、
またもやicapoさん情報による啓発! 今日貰いたての、ホヤホヤ情報で(*^^)v

桃山晴衣さんという方の、お言葉を読む機会を与えてもらったんです。
以下は私がビビビ!ときた桃山さんの言葉を抜粋したものです。

ぞうきんを絞ること、お部屋の整理整頓、料理を作ること、お客さまへの接待、そういった何もかもを含めて、全部が修行です。現代の私たちの暮らしは、日本人の伝統的な生活文化や身体性を失ってしまっていますが、こうした昔の修行の仕方というのは非常に合理的で、学ぶべきものがたくさんあるのではないかと思っています。


この言葉を読んで、勿論ウルウルと頷きっ子ですが、同時に上の教えとすぐにリンクしたのであります。

やっぱり、日々の生活全てが、修業なんだぁ~!
私の両親の教え、間違ってないのね~、えらーいって^_^;

勿論えらーいのは両親ということで、私は…アハハな子で…いい年してファザコン・マザコンの気の毒な子ですけど(>_<) ←(ちゃんと自覚してるから…まだマシでしょ?ね?)

ほんと、いつも、icapoさん、ありがとーう!!
今日も感激しちゃったから、記念に記録させて頂きました♪

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EDIT |  14:51 |  言葉・言霊  | TB(0)  | CM(6) | Top↑
2006.10.04 (Wed)

「言霊」と「言葉」について 

半ば何かに背中を押されるかのように、前記事2つで「言葉や意識、思考」などについて書いていた私。

何故に、こんなに私は言葉を大切なもの、必要不可欠なものとして当たり前に考えてきたのだろう?
いつ頃から、強くこのことを意識しはじめたのだろう?

ふと思い出したのが、振り仮名のひらがなや少しの漢字が読めるようになった頃、神棚の前で祝詞を奏上する時、仏壇の前でお経を読む時、努めて間違って読まないように!と難しい注文をつけられたことでした。

まだ子供なのになぁ…それも難しい意味の分からない言葉や漢字がいっぱい書いてある横に小さく振り仮名がふってあるから読みにくいのにぃ…と内心思った私を見すかすかのように、
『「言霊が崩れる」「言葉が乱れる」とせっかくの祝詞も、お経も意味がなくなる。心して最後まで読むように』と言われました(~_~;)

思い返せば、このように両親にとてもウルサク(~_~;)教わってきた言葉の数々が脳内にインプット、いえICチップのようにインプラント!されているからとしか、私には言い用がありません(笑


以下は、子供の頃、諳んじる(そらんじる)ことができるまで、写経のように書き写すことを命じられ、父が手渡してくれたノートの最初のページに書いてありました。

○言葉は、どんな言葉にも魂がある。(見えなくても、証明できなくても)
○発するだけで御霊が宿り、言霊となり、現実のものとなる。
○善い言葉を多く発すれば、それだけ良いことが現実に現れ、
○悪い言葉を発すれば、それだけ悪いことが現れる
○心から発する愛に溢れる良い言葉は、うわべだけの言葉よりも格段に霊力が宿り、強く現実に現れる。
○うわべだけの言葉は、それなりの現実となる。
言霊を伴う(言霊が宿る)言葉は大切。常に心して言葉を発すること!
○有難う・有難い・嬉しい・楽しい・他の感謝を表す言葉・慶びを表す言葉など、誰が聞いても心から笑顔になるような言葉を多く発すること!
○さらに大切なことは、謝罪と感謝の言葉を素直に言えること。
○「ごめんなさい」を言うべき時はすぐに、心から、自分から、発しなさい。

素直で聞き分けの良い子供時代を(多分…^_^;)、過ぎてしまった今でも常に意識している、特に大切だなぁと思うフレーズを抜粋して書き出してみました。


★「言霊」は発した音や響きだけでなく、魂や御霊が宿っているから、目に見えない力(霊力)となって発する人の魂や意識を、より良く導いてくれる。

★目に見えない言葉=言霊が、意識と意識をつなぐ…いわゆるテレパシーや、想念だけで通じ合うということにも繋がるのかなと理解しています。

その目に見えない力である「言霊」を、言葉という音に乗せて、発し、
それによって意識・思考(思い)・言葉が、いわば三位一体となり、
それによって意識が覚醒し、全ての宇宙の意識と繋がり、宇宙の源へと帰結するのだろうと、私は今、思っています。

関連記事:
言葉は必要不可欠なもの(言葉シリーズ1)
言葉は意識が繋がる鍵!(言葉シリーズ2)

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 心と身体

タグ : 言霊

EDIT |  23:59 |  言葉・言霊  | TB(0)  | CM(4) | Top↑
2006.10.03 (Tue)

言葉は意識が繋がる鍵! 

前記事「言葉は必要不可欠なもの」が余りにも長くなってしまい、忍耐力の無い私は、自分でも最後まで読みづらい!と感じ…(笑
2つの記事にスプリットすることにしました。 少しだけ加筆も加えて。

それでは続きを。

言葉で思いや思考、自分の意識を表現することは(A)、
自分の思いと他者の思い・思考・意識と繋がること(B)。
他者と繋がった意識は、統括され、全てが宇宙と繋がり、1つになるということ(C)。

(A)が出来る、しようとすることは、(B)が出来るということ!
(B)が出来る、または(B)まで高められた意識は、(C)へと更に統合され、いわゆる全ては1つの源から!へと帰結される!…ということになるのでは? 自信なし(~_~;)

前記事の、やわたうまさんのコメントも素晴しく参考になります!


私は、今、こう感じているのです。

「無意識の思いが覚醒し、意識(表層意識)に至る際に必ず通るゲートが思考」
「その覚醒した意識は、思い・想念・祈り・感情・思考などへと繋がって行き、その時に必ず必要なキーが、言葉」


よって、私にとって言葉とは:

「思うことは、言葉にすること」
「言葉にすることは、思いと繋がること
「繋がった言葉と思いは、思考を自然に伴い、同時に宇宙と繋がる鍵と門」

私は率先して、今後も多くの思い(思考・感動・感情・祈りなど)や、他のあらゆる無意識もできるだけ、意識して言葉にして行きたい!
していける私でありたい!
自由自在に思いや意識と言葉の相互変換ができる私でありたい!と思う。

たとえ長文ばかりでウザクても(笑
思いや思考を、ちゃんと言葉にして、口にして、書いて表現する・伝える・自覚する・残すことを諦めず、宇宙と繋がる喜びの門を自由に行き来できる人でありたい!

少なくとも、その努力だけは怠らないようにしたいと思うのであります。

面倒くさがらず、表現できない自分に「言葉は無くても通じる」などと独りよがりな言い訳をせず、受け取ってくれる人の努力に頼らず、おじけず、僻まずに。

それは決して平坦な道ではないけれど…「狭き門より入れ!」
ジイドが教えてくれた、この言葉を心の支えの1つにして、これからも歩んで行きたいと思うのです。

思いは伝わらなければ(繋がらなければ)、思わなかったのと同じこと。
その伝えるための言葉が必要のないもので、意識することよりも無価値なものであるならば、なぜ言葉はこんなにも存在し続け、現代の私たちがブログで各自の様々な見解や思いの言葉を文字として綴っているのだろう?

バベルの塔のような制裁を、神が無意味に与えるわけも無いはず。

最後に総論:

★旧約聖書の最初の言葉は、「まず言葉ありき」「最初に言葉があった」である。
世界のはじまりは、言葉があったことから始まった。
その言葉とは、神(天・宇宙)の言葉。神の言葉を理解できることから始まったとも言える。

宇宙の始まりと終わり、その起点と帰結点とは、まさに言葉であり、それ以外の何ものでもないのかもしれない。
※もう少し具体的に書くと

<神は言われた。「光あれ」こうして、光があった。> 第1章第3節
<第一日目は「光りあれ」という神の「み言葉」で、光りと闇にわけられた> 第1章第4、5 節

これは、神の『言葉』によって「光り」が意志的に結集して、天地創造が開始されたということ。
さらに詳しく言い換えると…

神の理性的意思「御(み)言葉」(ロゴス) により、神の力(意志)である「霊」が動き、『言葉』を通して呼び掛けると、万物が感応して創造されたということ。


★魂(=神の言葉を理解できる・理性や自由選択意思) ー カトリック 2分法

★神の言葉(ロゴス)が人間の肉(サルクス)になったのが、キリスト(=油を注がれた、神の子)イエス(ソーマ) - ギリシャ正教 3分法

★ロゴスとは、論理・言葉・真理。すなわち神は論理・言葉・真理であるとも言える。

ならば、論理に基づく議論・思考を常に実践し(実践しようとし)言葉を用いて表現し、真理を得ようとすることは、神を・魂を・宇宙を祝福し、それらと繋がることになるのではないか?

逆に言葉や論理・思考を拒否したり否定することは、神を・魂を・宇宙をも否定することになるのではあるまいか?

テーマ : スピリチュアル - ジャンル : 心と身体

EDIT |  10:20 |  言葉・言霊  | TB(0)  | CM(4) | Top↑
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